皆様こんばんは、Producing office SOLEIL杉山薫です。
アスリートのアイドル化について考察するColumn、中編になります。
今回はファンビジネスの難しさと、芸能人、タレントではない
アスリートやアーティストに対して、どこまで芸能人としての
立ち回りが必要なのかについて考えます。
前回のColumnはこちら
大谷翔平、羽生結弦の結婚からアスリートのアイドル化について考察する-前編
私が感じた「ファンの狂気」
以前、某大型イベントでヘルプデスク業務の現場責任者をしたことがあります。
コンサート会場に来たお客さん達に、場所を案内してあげたり、拾得物の保管をし
持ち主が現れた時に、返してあげるような、そんなお仕事です。
そのイベントのメインとなるアーティストに熱狂的なファンがいることは
予備知識として持ってはいましたが、その日、シークレットゲストが予定されていて
そのアーティストのファンはもちろんのこと、シークレットゲストのファンの人たちも
どこから噂を聞きつけたのか、来場していました。
どこから噂を聞きつけたと言っても、運営が事前に情報を漏らすことはありませんので
「去年もシークレットゲストで出ていたから」とか「おそらく今年出るんじゃないか」
と言う、「見込み情報」で、それなりの価格のチケットを定価で買って来てくれるので
運営としてはありがたいこと他なりません。
しかし、お客さんからしても
「本当に目当てのアーティストが出るのか、なんとかして1秒でも早く知りたい」
と言う思いがあり、インフォメーションセンターに何度も問い正す人たちがいて
やむなく私が対応することになりました。
私は、その日のシークレットゲストが誰だったのか把握していましたが
もちろんそれはお客さんに伝えることは出来ません。
そのため、何度お客さんから聞かれても
「そうしたお問い合わせにはこちらでお答え出来兼ねます」
と答えるしかありませんでした。
すると、あるお客さんから、こう言われました。
「もしも◯◯さんがゲストじゃなかったら、アナタどう責任取ってくれるんですか!?」
その時のお客さんの目を見て、私は”狂気”を感じてしまいました。
私だって、学生時代イベントに客として行っていたから、彼女たちの気持ちは
痛いほど分かるし、彼女たちの目は「目当てのアーティストに絶対会いたい」と言うもので
アーティストに危害を加えるものではありませんでしたが、
そうしたある種の怖さを感じて、ファンビジネスの難しさを実感したことがあります。
今回、羽生くんの奥さんになった人が誰だったのか知りたい、と執拗に思った人たちの
熱量は、当時私が感じたものとは比較にならないものです。
芸能人ではないアスリートに対して、アイドル性を求めすぎた悲劇
ここからは羽生くんのことについて書きます。
当事者同士のことは本人にしか分かりませんし、どんな形であったとしても
本人が出した答えなのでそれを尊重すべきですが、せっかく結婚したのに
羽生夫妻が半年も持たずに婚姻関係を解消せざるを得なくなってしまったこと
アンチも、マスコミも大いに反省してほしいと思います。
また、羽生結弦の実績について振り返る上で、オリンピック2連覇よりも
大事なものがあります。
それは
彼が高校1年生の時に東日本大震災の被害を受けて、
その後ずっと10年以上被災地への支援活動を継続している、と言うことです。
3.11は前代未聞の事態で、たくさんの芸能人、著名人の方々が支援をしてくれました。
もちろん、全ての人に10年間一時も忘れることなく、支援を継続することが
求められている訳ではありません。ですが、様々な人達が支援をした中
少しずつ復興が進んでいく中、この10年間常に東北の被災者のことを考え、
3.11のことを忘れないよう世間に訴え、活動を続けた人が何人いるでしょうか。
私がこの10年間絶えず3.11を発信してきた人(組織は除きます)で
思い出すのは、羽生くんとサンドウィッチマンです。
どちらも本当に有言実行、世間の関心が少しずつ薄れていく中でも
常に被災者に寄り添い、情報を発信してきたため、甲乙をつける訳ではありませんが
サンドウィッチマンは2011年の時点ですでに大人で、世間への影響力もある立場でした。
ですが羽生くんは当時まだ高校生で、今のような影響力がある立場ではありませんでした。
つまり、今のような実績を作った原動力の大半が、3.11で自身が生き延びたこと、
そして亡くなられたたくさんの人達の思いや、被災者の人たちの希望となりたいと言う
思いであったのです。
様々な大会で優勝して、インタビューを受ける度に、彼はいつも
「被災者の方たちのために」と発信してきました。
そうした様子をテレビ越しですが見て
「なぜ、まだ10代のこんな若い子が
こんなに重たい物を背負って、生きなければいけないのか」
そう思わずにはいられませんでした。例えそれが本人が望んでいるものだとしても。
世間の同世代の子達はもっと気楽に生きているのに、なんなら大人達だって
震災のことを忘れている人もたくさんいるのに。
たくさんの自己犠牲を払って、スケートでさえも「被災者の人たちのために」
行ってきた人が、どうして、好きになった女性と結婚すると言う、
世の中にある幸せのひとつを手にすることを
当時のマスコミ、一部の過激ファン、アンチは許そうとしなかったのか。
大谷くんはたまたま、結婚発表後、奥さんが誰かを明かしました。
でも、それは彼が仕事上パートナーも表に出なければいけないからと言うだけです。
羽生くんの仕事は、奥さんが誰かを明かさなければいけない訳でもないし、
何より、本人が言いたくないと言っているのに、なぜ無理やりほじくり返すような
ことをメディアはしたのか。国会議員の裏金問題が暴かれるのとは訳が違います。
世間が羽生くんに対し、アスリートや表現者以外の、アイドル的な要素まで
求めすぎた結果、プライバシーを侵害するまで加熱してしまったのでは
ないでしょうか。
選手自身がアイドル扱いされることを望んでいるのか
スポーツ選手に対して半分アイドルのような扱いをすること自体は
今に始まったことではありません。古くは王、長嶋から始まり、Jリーグが出来たら
カズ、武田、北沢、と言ったヴェルディの選手達はアイドル並の扱いでしたし
むしろ、ファンやスポンサーを獲得するための営業活動として
ファンイベントを積極的に行っている競技、団体もあります。
ですが、今ここまで大谷、羽生両選手の負担が大きくなってしまった理由は
2人以上に老若男女全ての層に好印象で、影響力のあるタレントがいないこと
(10代のみであったり、特定のマーケットの中でカリスマ性がある
タレント、アイドルはいますが)
2人の実力が図抜けていること、半々でしょうか。
また、同じスポーツ選手であっても、本人が芸能人的な活動を好む場合もあるため
そうした選手に対してはある程度、本人がやりたいから芸能活動もさせてあげる
と言う選択肢もありますが、2人とも好んでアイドル枠を狙うようなタイプには見えません。
CMや競技以外の活動もしてはいますが、引退後の芸能活動を見据えた準備、
芸能人として成功するための活動は、客観的に見て、しているようには見えません。
つまり、大谷くんも羽生くんも、自分の目標、やりたいこと(野球、スケートの普及など)
にプラスとなることで、自分が仕事として引き受けられるものであればするけど、
そうでないものはやらない。
なぜなら、お金に困っている立場ではないから。と言うだけなのです。
それこそ、全盛期のSMAPのような国民的人気のアイドルがいたら、2人の立ち位置も
違ったかもしれませんが、それは時代の巡り合わせなので仕方ありません。
(なぜ、今の日本の芸能界が大谷くんや羽生くんより人気のあるタレントを
排出出来ないのかについては、また機会があれば別途書きます)
→後編へ続く